2011年4月21日木曜日

[鈴レポ]石巻・牡鹿半島

鈴木たすくさんよりのレポートです。
牡鹿半島の地割れ
牡鹿半島から見える金華山
4/21(木)
8:20知人宅出発
8:50泉区紫山の倉庫到着、物資積み込み
9:50倉庫出発
13:30南三陸金華山国定公園にて昼食
14:10物資輸送(一軒目)
14:30物資輸送(二軒目)
19:00知人宅到着

・今回は国際ナビゲーターで知人の小川さん、国際ナビゲーターのケイイチさん、友人の佐藤くんというメンバーで牡鹿半島の方に物資輸送してきました。
・泉区紫山にある倉庫(元々金港堂だったところ)にて、飢餓対策の方から物資を分けてもらいました。
・野菜は宮崎県の火山灰を被ってしまったものを毎日譲ってもらえるそうです。
・持っていったものはキャベツ、みかん、水、消毒液、体拭き用ジェル、レトルトカレー、カップラーメン、お茶、お茶漬け、ふりかけ、味噌汁、缶詰め、アレルギー用食品、お菓子、ネギ、毛布、いちご、きゅうり、砂糖などです。
・石巻市渡波は冠水していました。
・石巻では昨日から学校が再開していました。
・女川では土葬を行っていました。
・牡鹿半島は3/11の震源地に一番近い地点のため、そこにたどり着くまでの道のりはかなり地割れが酷かったです。
・牡鹿半島の鮎川港近くの家々に物資を輸送してきました。
・水、カップラーメン、レトルトカレーなどは配給でももらえるということで、持ち帰りました。
・水は4/20に出たらしいですが、固定電話はまだかけられないと言っていました。
・国際ナビゲーターの方たちは、最終的に炊き出しでバーベキューをすることを考えているみたいです。






〈感想〉
・訪問した地区は班長制度が強いらしく、周りの家々に班長さんから配ってくれるとのことで、かなり近隣の家々との連携が密にとれている地区でした。
・飢餓対策の方にうかがったところ、石巻市はメディアの露出が多いためボランティアもかなり動員されているが、その先の牡鹿半島にはあまり人が行っていないとのことだったため、牡鹿半島の方に物資を持っていきました。
・一応役場から配給は来るのですが、おにぎり、カップラーメン、パン、レトルトカレーといったものだけで、生鮮食品は全然入ってこないため、非常に喜ばれました。
・ボランティアから直接物資をもらうのは初めて(おそらく他は避難所の方に回ってしまうため)と言っていました。
・鮎川港付近の家々は高台の方は無事ですが、低いところにある家々は壊滅的にやられてしまっており、仙台までアパートを探しにいっている方もおられました。
・見たところ石巻市は少しずつボランティアによって片付いてきた印象がありましたが、牡鹿半島付近まで行くとまだまだ手付かずな状態も見受けられました。
・報道は人を呼び寄せる強いメリットを持っている反面、他地域にはあまり人が行かないというデメリットもはらんでいると思いました。
・もちろん捜索活動中のところはボランティアが入れなかったりしますが、県北に比べて県南は報道が少ないのではと思いました。
・インターネット上で仕入れられない情報は、ある程度自分で実際に行ってみて確認する必要があると思いました。

牡鹿半島の地割れ


国際飢餓対策機構の物資倉庫