2011年10月5日水曜日

[ボラレポ]当たり前という奇跡を感謝したい

ボランティアに参加された大和さんより、勤務先の学校の礼拝で生徒さんたちへ向けてお話しされたメッセージをいただきました。その一部をお分ちします。
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「新しい1日を始められることが、決して当たり前のことではない」と感じた経験がこの夏もありましたので、今日はその話を少ししようと思います。私はこの夏休み、3泊4日と大変短い期間ではありましたが、宮城県にボランティアに行きました。ちょうどお盆の時期だったのでボランティアの活動もお休みのところが多かったのですが、1日は石巻市にあるデイケアセンターで泥かきと草むしりをし、もう1日は長期ボランティアとして滞在しているスタッフの人に案内をしてもらいながら被災地を見て回りました。東松島市、石巻市の雄勝町、そして女川や南三陸、など震災以来テレビや新聞でよく目にするようになった場所を回ると、多くの家やお店、そして工場や学校が津波によって流され、瓦礫が散乱していたり、逆に瓦礫は既に撤去されていてさら地になっていたりする様子がどこまでも続いており、改めて津波による被害の大きさを実感しました。 


その後、気仙沼市を訪れたのですが、海岸近くを車で走っているとき、1つの学校らしき建物が目に入ってきました。遠目から見ただけでも、4階建ての校舎は建物こそ残っているものの窓ガラスはなく中には物が散乱している様子が分かり、校舎の真ん中にある時計は止まっていました。また、グラウンドだったと思われる場所には、津波によって流されてきたものが散乱しており、勿論そこには生徒も先生も誰もいませんでした。しばらくその校舎を見ながら色々考えていると、離れたとこにその学校の門柱が立っており、この学校は気仙沼向洋高校だということが分かりました。

皆さんの中には、この校名を聞いても「あっ」と思う人はいないと思いますが、私はこの校名を見たとき、この学校が去年高校野球で話題になった学校であることに気づきました。毎年、夏の甲子園を目指し各都道府県では予選が行われるのですが、この高校は去年その宮城県大会で準優勝をしたチームでした。宮城県には、全国から強い選手が集まる私立高校が2校あるので、その中で公立高校である気仙沼向洋高校が決勝まで勝ち進んだのは快挙であり、ニュースでも話題になっていたのでした。そのことに気づいたとき、本来ならば今ここでは夏休みの部活動が行われ、多くの声が飛び交っていたのかと思い、この震災は普通の高校生の日常すら奪っていったのだという事実を改めて突きつけられ、私は言葉を失ってしまいました。

宮城から帰ってきてある雑誌を読んでいると、震災当時とその後のこの気仙沼向洋高校の野球部の様子が書かれていました。
3月11日東日本大震災が起こったとき、気仙沼向洋高校の野球部の部員たちはいつものように練習をしていました。しかし地震が起こりその直後には大津波警報が発令され、野球部は用具の片付けもままならぬまま、近くのお寺まで避難しなければなりませんでした。周りからの呼び掛けもありいち早く避難をしたため、間一髪のところで津波から逃れることが出来たそうですが、しかし、その後の生活は一変、学校や部活動どころではなくなり、生徒・教員とも避難所生活を送り、人によっては避難所で食事を作るボランティアなどもしていたそうです。部員たちは野球の道具が全部流されただけでなく、携帯電話も荷物共々流されてしまったため、お互い連絡を取り合うことすら出来ませんでした。それでも、顧問の先生がなんとか部員全員の安否を確認し、震災から1ヶ月後、別の高校のグラウンドを借りて練習を再開することが出来ました。
しかし5月に学校が再開されると、校舎が使えなくなった気仙沼向洋高校の生徒は気仙沼市内にある他の3つの学校に分かれて授業を受けるようになったため、当然野球部の部員もバラバラの学校に通うことになり、部活のために1つの学校集まるものの、練習出来る量はそれまでの半分近くになってしまったそうです。また1ヶ月近く、何も練習が出来なかったことにより技術的にも、チーム作りとしても例年に比べてかなりの遅れをとってしまいました。もちろん、部員たちはそのような中でも自分たちに出来る限りのことを尽くし最後の夏の大会に向けてがんばっていましたが、今年の夏は2回戦で敗退という結果に終わりました。また、校舎やグラウンドを使えないという状況はまだまだ今でも続いており、最近読んだ新聞記事によると、新チームになった今でも他の学校のグラウンドを借りその学校と合同練習をしながら来年の夏こそはという思いで頑張っているそうです。

このように東北地方では、震災から半年以上経った今でも震災前までの生活とは大きくかけ離れた生活を送っていらっしゃる方が多くいらっしゃいます。勿論、その方たちはその方たちなりに、1日1日を一生懸命生きていらっしゃると思いますし、先ほどお話しした野球部の生徒たちもそれまでと同じ「甲子園」という大きな目標に掲げて頑張っているとは思います。

しかし、このような話を聞いていると、私たちが当たり前に思っている、日常生活というのは実は奇跡の連続なのではないかと思います。朝起きて、朝ご飯を食べて、学校に来て、勉強をして、クラブや委員会の活動をして、家に帰って、勉強したりテレビを見たりして寝る、という毎日同じようなことの繰り返しかもしれませんが、その1つ1つが決して当たり前のことではなく、その1つ1つには何か意味があり、そしてその1つ1つきちんと感謝しなくてはいけないのではないかと思うのです。
(略)
今日の聖書箇所にありました、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」という言葉。皆さんは難しく感じるでしょうか。決して難しく感じる必要はありません。ほんの小さなこと、当たり前だと思っていること、1つ1つに対して喜び、祈り、そして感謝の気持ちを持つことが出来たらと思います。
 
ボランティア 大和(大岡山教会)