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2014年1月20日月曜日

【報告】月報、アップしました 20140120

2013年12月分の月報をJLERホームページにアップしました。
ぜひご覧ください。(田)
http://jler.org/monthlyreport

2013年11月22日金曜日

【現地報告】避難訓練 20131121

 スタッフ(田)が住んでいる石巻の地区で避難訓練があったので、初めてドキドキしながら近所のささえあいセンター(仮設住宅の支援拠点のひとつ)に行ってきました。

大人の参加を見込んで夜に行われ、30人弱の方が来ていました。訓練と書いてあったので体を動かすのかなと思っていましたが、有名な陸前高田の避難についてのDVD上映と、消防士さんからの避難についての解説でした。それでも充分勉強になりました。

 消防士さんのお話で記憶に残ったのは、「避難”勧告”より避難”指示”の方が、緊急度が高いこと」。さらに緊急度が高いのが避難命令です。

 また、消防士さんが教えてくれた「一般的な非常持出品の他に、あってよかったと思ったものリスト」も参考になりました。
・食料はそのままで食べられるもの。
・懐中電灯の電球をLEDにすると電池の持ちがとても良くなる。
・予備電池も必要。少し高いけど水電池は水を足せば切れないのでおすすめ。
・通帳のコピー。
・ビニル袋、衛生テープ
・生理用品。
・給水バッグ。
・ドライブ用携帯トイレ。
・食品ラップ。
・常夜灯・懐中電灯・電球、3役1台のライト(みんな初めて見たので、会場からオーと歓声)。
・豆炭あんか、マッチ(毛布をかぶせたら1日暖かいそうです)。
・ハイパワー加熱セット(水で食品を温める道具)。
・放射線カウンター(やはり女川が気になるそうです。消防士さん曰く「自分の身は自分で守る」)。
 これらのものは、全て近くのホームセンターで買えるそうです。

 帰りはアルファ米と保存水をお土産にもらいました。参加者の特典です。
 地域の人と顔を合わせて知り合いになっておくことが、いざという時に役立ってくれると思います。特に一人暮らしですと「あの人どうなった?」と気にかけてくれる人が近所にいるかどうかが重要だと思えました。

 今年は中国地方、伊豆大島など、国内・海外でも災害が多い年のように思えます。宮城もまだ余震・微震がけっこうありますし、備えをしっかりしたいと思います。(田)

【現地報告】ビさんの餃子教室 20131103

 11/3、石巻は「ツール・ド・東北」と「石巻に恋しちゃった」という大きなイベントがありました(それを感じさせないのがまた石巻の不思議さでもあります…)。
 ハッピーママの会という外国人女性・外国から嫁いできた女性たちのグループの事務的サポートをとなりびとは行っています。そのメンバーの、中国からいらしたビさんの餃子教室が「石巻に恋しちゃった」で行われたので、くいしんぼうスタッフ(押)&(田)で参加してきました。詳しくはハッピーママの会のfacebook記事をご覧ください。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.549713618432497.1073741831.510371289033397&type=1

 材料は馴染みがあったり、聞き覚えのある材料なのですが、家では出せない本場の味。「なぜなんだろう…」と考えましたところ、(押)の見解では紹興酒だという結論に至りました。みなさんも餃子の具をこねる際に紹興酒で香りづけしてみてください。本場感が出ます!

 帰りにビさんから「パソコンを教わりたいと思っているの」と相談を受けました。そのためのとなりびとなので勿論とお受けして帰ってきました。残りの期間も精一杯交わりたいと思います。(田)

2013年5月3日金曜日

【現地報告】G.W.のスタッフたち 20130503

こんばんは、初めてブログを書くスタッフ(田)です。
ごぶさたの方は、お久しぶりです。身は1.5まわり、心は0.5まわり大きくなって戻って参りました。運転も苦手ですが頑張っています(2人の教官のお陰で何とかまだゴールド免許です)。
みなさま今後ともよろしくお願いしますm(- -)m

ゴールデンウイークは催しが目白押しで、スタッフも毎日忙しくしています。
今日は、前浜コミュニティセンターの上棟式があったので、スタッフ総動員で行ってきました。終了後、餅まきでまかれた餅と記念撮影。

式そのものについては深く関わっているスタッフ(佐)にお任せするとして、 スタッフの今日の活動は、スタッフ(野)は来賓の送迎・案内、スタッフ(佐)は関係者が一同に集まったので360°フル稼働。スタッフ(佐々)(押)は設営・撤収と、お手伝いが必要なところに駆けつけてヘルプ大会。スタッフ(畠)(田)は記録係で撮影しまくりました。皆さまおつかれさまでした。元スタッフの(千)さんも来賓としていらしてました。元スタッフの(木)さんもこれ見てくれるといいなあ。

翌日はスタッフ(野)は東教区の大会で東京へ。スタッフ(佐)(押)は北上の南部神楽復活祭へ。スタッフ(佐々)(田)は5/5に行われるイベント「走れ仙石線」の物品支援の準備。先日スタッフ(佐)(田)がすみちゃん宅で打ち合わせしてきました。

ほかにも、各地のバザーで購入してくださる物品注文にスタッフ(佐々)が対応しています。今は途切れなく注文が来て、うれしい限りです。先日、茎わかめの受け取りの際にレシピを聞いてきたので、近々お伝えできればと思います。

2013年4月26日金曜日

【現地報告】終了しました。クヌーテン講演会。20130424

4月24日(水)、少し肌寒い東京のルーテル学院大学を、クヌーテン講演会のスピーカーとして、スタッフSと石巻在住の斎藤みやこさんが訪れました。会場には、となりびと元不タッフ二人も駆けつけ、久しぶりの再開を喜び合いました。

まずスタッフSから、ルーテル教会救援の活動について、斎藤みやこさんとの出会いについてご紹介。


続いて、いつも明るいみやこさんのお話が始まりました。当時の状況をお話されるときには、時に涙を堪えつつ、震災当時の家族のこと、震災後のこと、クリスチャンとしてのご自分の人生のことを、とてもわかりやすくお話くださいました。


講演後、学生から質問を受けるみやこさん。ボランティアにこられた方との嬉しい再開もあったようです。


しかしゆっくりする時間もなく、神学生による礼拝に出席。


礼拝後は、関係者一同との会食の時間を過ごされました。
地元の方のお話は、まだ被災地を訪れたことのない学生の心にも深く届いたことと思います。これを機会に、さらに被災地への関心を高め、そしてぞれぞれに行動に移してもらえたら、と思います。(押野)

2013年4月16日火曜日

【現地報告】気仙沼~南三陸復興状況。20130413



先週の土曜日、コミニュティセンター上棟式の打ち合わせ後、気仙沼(大谷海岸)から南三陸(志津川)までの復興状況を確かめました。
気仙沼線は、未だご覧の通り一部不通の状態です。現在、その路線の一部を使用したご覧のBRT(地下鉄等に相当する大量輸送型の都心軌道系交通【ラピッド・トランジット=都市高速鉄道】を軌道ではなくバスを用いて実現した旅客輸送システム)のバスが柳津~気仙沼間を走行しています。






















また、南三陸(志津川)は、建物がほぼすべて撤去され、ご覧の通り。更地が拡がっています。(野口)
 

2012年8月30日木曜日

【雑記】だいぶ揺れました。

これまでボランティアに来てくれた方から今朝の地震についてメールが届きました。

明朝、だいぶ揺れましたが、物が落ちるようなこともありませんでした。

ルーテルとなりびとがある仙台市青葉区は震度4だったようで、地震後、影響を確認するためかヘリが飛んでいく音が聞こえましたが、報道で聞く限りは大きな被害はなかったようです。


ご心配のメールを送って頂いた方、ありがとうございました。

と朝方、書きましたが、震度5強だった仙台市宮城野区の家電量販店ではガラスが割れたり、けが人も4名出たようです。

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『河北新報』 2012年08月30日木曜日

宮城で震度5強、4人けが 大震災の余震

30日午前4時5分ごろ、宮城県の南三陸町や仙台市宮城野区で震度5強の地震があった。同17分ごろには茨城や栃木、群馬、埼玉の4県で震度3の地震があった。気象庁によると、いずれも昨年3月の東日本大震災の余震とみられる。
 宮城県などによると、登米市の女性(71)が自宅の階段から転倒し膝を骨折するなど計4人がけがをした。仙台市の大型家電量販店では、入り口ドアのガラス数枚が割れた。
 気象庁によると、震度5強の地震の震源地は宮城県沖で震源の深さは約60キロ。地震の規模はマグニチュード(M)5・6と推定される。1週間程度は震度4前後の余震に注意が必要としている。

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『河北新報』 2012年08月30日木曜日

宮城で震度5強 福島原発に異常なし

 30日午前4時5分ごろ、宮城県の仙台宮城野や南三陸歌津で震度5強の地震があった。同17分ごろには茨城や栃木、群馬、埼玉の4県で震度3の地震があった。気象庁によると、いずれも東日本大震災の余震とみられる。津波の恐れはなく、大きな人的被害も確認されていない。
 気象庁によると、震度5強の地震の震源地は宮城県沖で震源の深さは約60キロ。地震の規模はマグニチュード(M)5・6と推定される。
 東京電力によると、福島第1、第2原発ともに異常は確認されていない。東北電力女川原発も異常はないという。

http://www.kahoku.co.jp/news/2012/08/2012083001000722.htm

(佐藤)

2012年6月2日土曜日

アメリカから。2012.0530・31



今週の水・木曜日にアメリカ福音ルーテル教会世界宣教局アジア太平洋州部長のI牧師が、となりびとの支援活動の現状確認のため来仙されました。現在、となりびとが支援している気仙沼市本吉町前浜のコミニュティーセンター建設予定地を訪問し、現地の建設委員会委員長、自治会の方とこれまでの経緯についてお話をお伺いしました。また、その後、北上町十三浜に支援を行った共同作業テントを確認し、漁協協同組合十三浜支所運営委員長の方から現在の復興状況などをお聞きしました。両者の方とも、アメリカ福音ルーテル教会からの今回の支援にとても感謝されていました。(野口)

2012年5月16日水曜日

また、一歩。20120516

本日のお茶っこサロンは仮設三反走団地集会所で行いました。男性二人(お一人は90歳)の方も参加され、手遊びをしながらの軽い体操を一緒にしました。午後は、恒例の「おしん」のDVD鑑賞、帰り際に「おしんちゃんもがんばっているから」と勇気づけられて帰られる姿が印象的でした。


また、集会所の入り口にはポストが設置され、また、一歩、生活が便利になったようです。(野口)

楽しい手話!20120515

今日は、仮設追波川河川集会所でのおちゃっこサロンでした。午前は、仙台教会員の方と知人の
方の楽しい手話教室、「ふるさと」を手話で楽しく歌いました。その後、参加者の方の手作りのふきの煮物をいただきながらお茶っこ会を楽しみました。
午後は「おしん」を涙ながらに鑑賞しました。(野口)

2012年5月12日土曜日

宮城県山元町復旧状況報告20120511




昨日、ドイツの教会から来られたWさんを仙台空港にお送りした後、福島県境の山元町まで足を伸ばして現地の復旧状況を確認してきました。海岸線の多くの建物は撤去され、人影のない荒涼とした大地を走り回るダンプカーが被災地の傷跡の深さを物語っていました。また、山元町から福島県相馬町に通ずる海岸線の鉄路や道路は震災後、1年を経過した今も未だ不通の状態でした。(野口)

仙台市若林区荒浜地区復旧状況報告20120508




「となりびと」では主に宮城県北部地域での支援活動を展開していますが、仙台市を含む宮城県南部も今回の震災で大きな被害を受けています。先日、震災直後、200~300人の遺体が発見されたと報道された仙台市若林区荒浜地区を訪問しました。現地は、まだがれきが放置されているところも点在していました。また、多くの訪問者が絶えず、被害の甚大さに驚きながら、慰霊碑に手を合わせておられました。(野口)

2012年5月11日金曜日

ドイツから201205011

今回の震災支援のため多くの援助をしてくださったドイツの教会からWさんが現地の状況を調査するために「となりびと」に一昨日から来られました。被災地の訪問から現地対策会議への陪席、お茶っこサロンでの交流等、三日間、精力的に現地を回られました。被災地訪問では「大変ね、大変ね」と日本語で繰り返されていました。きっとその想いは、ドイツの教会の人々にも伝わることでしょう。(野口)

2011年12月20日火曜日

となりびとボラ20111219ハープ演奏会を開催しました

12月19日(月)、ルーテル学院大学からハーピストのフライナリー先生がハープ演奏に訪れ、石巻市北上町の相川保育園、デイケアセンターのはまぎく、追波川多目的団地仮設の3ヶ所で演奏会が行われました。大学生による余興やサンタクロースやトナカイの登場に子ども達も大喜びでした。














ルーテル教会女性会からは手作りのクリスマスブーツにお菓子を詰め込んだ愛のあるプレゼントが送られました。その資金は帯広の『友の会』の子ども達がバザーによって集めてくれたそうです。

「かわいい!」と職員の方にも大好評でした。
みなさんの愛が届きますように! 

(濵) 投稿:(押)


2011年12月12日月曜日

震災から9ヶ月。救援活動の報告会が開催されました。

震災から9ヶ月が経ち、あの日を思い起こさせる寒い日々がやってきました。

今回の報告会では、現地スタッフの佐藤と共に、石巻在住で女性プロジェクトのカウンターパートナーであるスワン・国際協力の会の千葉直美さんが上京し、お話くださいました。


まずはスタッフ佐藤から、9ヶ月の歩みをご報告。
緊急物資支援から、物資支援・さまざまなボランティア・ボランティアコーディネート、女性会連盟との協働、コミュニティ支援などへ活動が移ってきた様子がわかります。

現在の主な活動は、
・仮設支援(石巻市河北、北上地区)
・コミュニティ支援(気仙沼市本吉町前浜)
・女性プロジェクト(石巻市市街地、北上地区、気仙沼市本吉町前浜)
・漁協支援(十三浜と東松島市の宮戸西部)
・介護・医療施設の支援(特養おながわ、リバーサイド春圃、光が丘保養園、すみちゃんの家、さくらんぼクラブ)
・福島での支援(みちのく応援隊を通して)
などになっております。

これからの課題としては
1)仮設住宅団地での自治会づくり 
2)精神的なストレスの表面化 
3)支援物資の余剰・難しい配り方 
4)被災者格差の拡大(震災前からの問題×震災による問題) 
5)仮設住宅とみなし仮設の格差
7)復興のスピード格差(=被害の大きさの違い) 
8)支援団体・ボランティアの減少
などが挙げられていました。

続いて、千葉さんからのお話。

震災当時はお勤め先の大学の三階にいて、近くを流れている北上川をボートや車が逆流してくるのを見ていらしたそうです。夜には空が真っ赤になっていて「町 が燃えているんだ・・・」と衝撃を受けたそうです。大学なので、震災後しばらくはけが人が運び込まれてくるのだけど、電気もなく、なにもできないので「ここに運んでもらっていいのだろうか・・・」と悩まれたそうです。

ご家族とは、当日中に連絡ができたそうですが、おうちに帰ったのは10日後だったとのこと。 ご自宅に戻ってからは”町内会”の力に助けられたとのことでした。

千葉さんは、現在女性たちの心のケアを中心に活動されています。先日ルーテルの支援で開催された生け花の会、キャンドル作りなどです。震災の記憶がよみがえる日々の中で、安らかな時間を過ごすことの大切さ。「なんで自分は生き残ってしまったんだろう」という罪悪感を持っている方が多くいらっしゃるとのことなどをお話くださいました。

また、化粧水などを詰めた”うるうるパック”、包丁とまな板のプレゼント、女性の視点ならではの「うれしかった支援」を教えてくださいました。

そして千葉さんが大好きなお花を、石巻の皆さんに届けるお話。全国から届いたお花を、さまざまな方に届けたり、街角に植えたりされています。花を受けった方の、写真の笑顔がまぶしかったです。

最後に、津波をかぶった木に実がなっているのを見て、自然と一緒にいのちを大事にしながら生きていきたいと思っていること。今日会った人と明日は会えないかも知れないという不安を持ちながら生きていることなどをお話しくださいました。

千葉さんのこうした繊細で柔らかな感性に触れると、スワン・国際協力の会と共に、石巻の女性たちのお力になりたいと、いつも思いが新たになります。これからも、千葉さんをはじめ、石巻の女性の方々に寄り添いながら、活動を続けて行きたいと思います

 最後に、仙台から駆けつけて下さっていた伊藤牧師からお話がありました。

「当たり前のものがなかった」避難所のこと、仮設のお茶っこ会のこと、心配な方々こそ外には出ていらっしゃらないので訪ねていくことの必要性、支援センターを提供してくださっている仙台教会の方々との分かち合いのときの大切さ、今後、今回の経験が世界に生かされることの願いなどをお話しくださいました。

会場ではしも子さんのカレンダーや北上ミサンガも販売。たくさんのご購入をいただき、ありがとうございました。

次回の報告会は、震災から1年、3月11日に予定されています。どうかあの日を忘れずに、共に祈り、共に歩み続けるために、会場に足をお運びください。

2011年10月10日月曜日

となりびとボラ111009「宮戸西部漁協ロープ作業6」

 

通常日曜日は活動は休みなのですが、今が一番手伝いが必要と言われ、昨日に引き続き、今日も東松島市宮戸漁協のお手伝いにいきました。

数日間続けてきたロープ切りも本日でひとまず終了です。
「ひとまず」というのは、まだ個々人のロープ切りは残っているからです。
でも、共同のロープ切りは本日で終了しました。

いよいよ、明日から海に出て作業するようです。
漁師さんたちは明日「6時30分集合」と時間を決めて、解散していました。
漁業復興のお手伝いが出来て、とても感謝です。

ちなみにお昼は「ら~めん山頭火」の炊き出しが来ていたので、そのおすそわけにあずかりました。

となりびとボラ111008「宮戸西部漁協ロープ作業5」



10/8の作業は、里浜貝塚で引き続きロープ切りでした。

今までの場所でもロープを伸ばせる場所はありますが、コンクリートの上だとロープの重さで、それ自身が擦り切れてしまうので、原っぱでの作業となりました。

本日のロープは20mmの太さのもので、今までで一番太いものです。碇と筏を結ぶロープだそうです。

200mのロープを3等分ですのでとても長く重いです。引っ張るのも一苦労な作業でした。