2012年10月2日火曜日

【地域支援】「つるしびな」プロジェクトのご案内(お願い)20121002

被災地もめっきり秋めいてきましたが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

 さて、「となりびと」では、現在、地域ボランティア団体である「河北ボランティア友の会」を支援し、仮設団地集会所で「つるしびな」プロジェクトを行っています。

 このプロジェクトは、震災によって引き裂かれた地域の絆を、仮設に住む方々と地域に住む方々が一緒に「つるしびな」を作ることによって、再生することを目的としています。来年3月の完成を目指し、現在、三か所の仮設団地集会所で、毎月1回行っています。

 今回、「となりびと」では、このプロジェクトに関して、以下、三点の募集をさせていただきます。ご協力いただる方は、担当者(野口)までお問い合わせください。


【募集】「つるしびな作製」ボランティア


≪内容≫
仮設団地集会所で行われる「つるしびな」作りに一緒に参加し、仮設団地の方、地域の方と一緒に「つるしびな」を作製をしていただきます。
≪条件≫
裁縫等ができる方(裁縫道具をご持参ください)であれば、性別、年齢を問いません。

尚、ご希望の方には、ボランティア前後に、一緒に「つるしびな」を作られ方が被災前に住まわれていた地域(被災地)をご案内します。

≪実施予定日・定員
10月5日・12日・19日、
11月1日・8日・15日、
12月6日・13日・20日(2013年3月まで実施予定です)
各日若干名

【募集】「つるしびな」材料


≪内容≫
「つるしびな」作りに必要な材料を次の通り募集します。
①綿
②江戸組ひも(細めの糸は多く必要です)
③洋裁用の接着剤付きの薄い芯地(被災地では手に入りくいものです)
④アイロン(若干数)
⑤布、ちりめん(白、ピンク、薄橙、緑、黄、青、柄物)
⑥フクロウの目
 (ぬいぐるみなどで使われる直径8mmのものです。被災地では手に入りくいものです)

【募集】「つるしびな」用茶菓子

≪内容≫
「つるしびな」作りをしながらひと息つくために提供するお茶菓子を募集します。 

個別包装され、比較的賞味期限の長い、食べやすいお茶菓子をお願いします。

つるしびな以外のお茶っこサロン等でも活用させていただきます。

 

2012年9月29日土曜日

【福祉施設支援】リバーサイド春圃で太鼓・わらべ歌 20120928

9/28は、東京のたまっ子座表現教育研究所の方が気仙沼市のリバーサイド春圃で太鼓とわらべ歌のプログラムをしてくれました。(続・ほっとひと息あそびとアートお届け事業/主催:アートインAsibina  /助成:独立行政法人福祉医療機構助成事業)


前日は仮設で大盛況だったこのプログラム。リバーサイドでも利用者のみなさんに楽しんでもらえました。

迫力のある音にユーモアも交えた太鼓演奏。


その他にも穴の開いたいろんなものを笛にしての演奏。



 馬の格好をした人の寸劇もありました。
 一緒に行ったボランティアのMさんは、突然馬の後ろの半分を任され、このような格好に。見事な演技でした。


 利用者の方と一緒に太鼓を叩いたりもしたのですが、神楽やお祭りで太鼓に慣れているのでしょう、さすがの桴(ばち)さばきでした。




昨年から支援を続けているリバーサイド春圃は、現在は仮設の施設で事業をしていますが、被災した建物は現在解体工事が進められ、一方で今月初めにはようやく新しい施設の建設が始まりました。

職員の方がブログをやっていますが、医療や介護 のボランティアを募集しているようです。
リバーサイド春圃ブログ:http://ameblo.jp/shunpo-kaigo/




こうした形ですが、これからも応援を続けていきます。

(佐藤)






【前浜コミュニティセンター】 製材手伝い 20120925-28

今週は(日福)池袋教会から木工経験のある方がMさんが1週間ボランティアに来てくれました。

ちょうど前浜コミュニティセンター再建支援の方で、製材のお手伝いを必要としていたので、連日製材所でスタッフSと作業をしました。

屋根パネルを作るための作業を黙々とこなすMさんの手つきは本職もうなるほど。





大工さんも「安心して任せられる」と喜んでいました。

Mさん、連日の作業お疲れ様でした。

(佐藤)



本職の大工さんのパネル作り風景

2012年9月28日金曜日

【ボランティア体験】札幌から20120926・27

926日(水)、NRK札幌中央ルーテル教会からのボランティアお二人とスタッフOは、にっこり仮設団地でのお茶会に行ってきました。
札幌中央ルーテル教会の皆さまが、巾着・エプロン・ミニバッグ・エコバックなどなど、生地や必要な材料を小分けにし、キットとして整えて下さっていて、仮設の皆さんは作ってみたいキットをそれぞれ選んで作業されました。
作りはじめるとものすごい集中力で、3時間があっという間です。「次はどうしたらいいの?」「ここはどうやるの?」という声に、ボランティアのお二人は丁寧にお応えされていました。時間内に仕上がった方、仕上がらなかった方とさまざまですが、家で作る分のキットも選び、北海道名物のお菓子もいただきながら、参加者のみなさん大満足で帰っていかれました。
この札幌中央ルーテル教会の皆さまが揃えて下さった手芸のお茶会は今回で3回目です。ボランティアの方とも顔なじみになり「ルーテルさんがくるの、楽しみにしてたのよ」「次はいつくるの?」と早くもリクエストがありました。定期的にボランティアにいらしてくださるKさんに感謝です。
 
 
お茶会の前後には、石巻市内の被災地(門脇地区、大川小学校)などを回りました。ボランティアTさんは、自作の押し花のカードを献花台に供えてくださいました。(押野)


翌日は、午前中、仮設飯野川校団地集会所でリフレクソロジーとお茶っこのボランティアの後、今回の震災の被害の大きかった大川小学校のある長面地区を訪問しました。途中、沢山の工事車両とすれ違い、急ピッチに進む復旧作業の状況を目の当たりにしました。
                                                             

その後、教会・幼稚園でのバザーで販売するワカメを現地まで取りにお伺いしました。二泊三日のボランティア体験を通して、お二人は、多くの気づきを得られたようでした。(野口)

2012年9月27日木曜日

【仮設支援】和太鼓公演。20120926

今週水曜日のお茶っこサロンは、昨日に続いて連携団体の「太鼓と芝居のたまっ子座」。(続・ほっとひと息あそびとアートお届け事業/主催:アートインAsibina /助成:独立行政法人福祉医療機構助成事業)による和太鼓講演。当日、仮設の集会所に到着すると手書きの「歓迎 和太鼓講演 仮設住宅一同」の張り紙が。その張り紙通り、集会所には入りきれないほどの方が集まってくださいました。公演後は口々に「良かった~」「元気がでた~」「また、来てね~」との声が溢れていました。


 


集会所の壁には、この夏にやってきた聖望学園ハイスクールYMCA部が作った栞を飾ってくださっていました。(野口)


【仮設支援】もうすぐ十五夜。20120925

もうすぐ十五夜。今週、火曜日のお茶っこサロンは連携団体の一つ、山の音楽舎による「お茶っこ うたっこ」。(続・ほっとひと息あそびとアートお届け事業/主催:アートインAsibina /助成:独立行政法人福祉医療機構助成事業)。お月見セットの中でのお手玉や棒遊びに、皆さん子ども時代を懐かしく思い出されていたようです。夕方になるとね待ちに待った子どもたちもやってきました。(野口)





2012年9月26日水曜日

20120925 歩む会&河南の仮設

 9月26日(火)、スタッフOが、石巻障害者”歩む会” の会長さん宅に、今後の活動を確認しにお伺いしてきました。

”歩む会”は、このたびめでたく2つの助成金が決定し、9月15日には、仙台でみやぎ生協の助成金の授与式が行なわれたそうです。そのときの写真を拝見させていただきました。

助成金を弾みに、活動が活発化し、メンバー同士の絆が深まること、地域の中で障害者への理解を促す牽引役として、”歩む会” が、発展されることをお祈りしています。





午後は、これまでも何度かとなりびとスタッフが毛糸を届けにお伺いしているおばあちゃんが住む、石巻河南地区にある仮設の談話室でのお茶会を、みやぎ宅老連絡会の方と共にお手伝いしてきました。

こちらでは、ビーズのブレスレット・ストラップ作りが大流行中です。11月に河南地区で開催される地区の文化祭で、仮設での手作り品が展示・販売できるという情報が入り、ものすごい集中力で、作品作りを進められていました。

(押野)

2012年9月23日日曜日

【情報】突然の秋!20120920

昨日は秋分の日。その日に合わせるかのように、被災地にもあの夏の暑さがうそのような突然の秋が到来しました。
 


そのような中、仮設団地集会所で行われた「つるしびな」づくりも、全国の教会から送っていただいたお茶とお菓子を食べながら順調に進んでいます。先週の木曜日にはご覧の通りかわいい「さるぼぼ」が完成しました。
 また、8月から三菱デリカに代わり、導入されたトヨタプロボックスも活躍しています。(野口)


【ボランティア体験・防災教育】文化祭報告。20120919

夏休みに「となりびと」でボランティア体験をされた聖望学園ハイスクールYMCAの皆さんから、文化祭での体験発表の様子が送られてきました。

支援品の販売もしてくださいました。感謝です。(野口)
 



2012年9月19日水曜日

【前浜コミュセン】造成工事開始&建設ワークショップ実施中 20120919

気仙沼市本吉町前浜地区で進めているコミュニティセンター再建支援。先日から建設用地の造成工事が始まりました。


一方で、建設ワークショップも連日実施中です。
 
板の加工などをみんなでやっています。








(佐藤)

【ボランティア体験・防災教育】聖望学園の皆さんからの感想文が届きました!20120919

先月、「となりびと」でボランティアをされた聖望学園ハイスクールYMCA部の皆さんから感想文が届きました。(野口)

 
聖書科教員 久保 彩奈
「となりびと」での全ての日程を終え、自宅に帰りまずしたことは、避難袋の確認でした。震災以降、何度も確認はしていましたが、改めて行いました。震災への備え、そして震災という緊急時で要求される判断力について、語り部のYさんをはじめ、現地スタッフのSさんの言葉から影響を受けてのことでした。自分の命をいかに守るか、またそれと同時に、一教員として、子どもたちの命をいかに守るのか、ということも考えさせられました。大きく、そして途方も無い問いを与えられたように感じます。
 「となりびと」でお世話になるのは2度目でしたが、改めて、自分の生活の場で出来る支援を、そしてそれらを続けることの大切さを感じました。被災地での活動は日々の仕事や生活がある以上、どうしても限定されてしまいます。しかし、何か出来ることはないか、と思いを寄せ、少しでも力になれたらと思います。文化祭での物販も決めて帰って来ましたが、「わかめの一部は調理して、こんなに美味しんだよ!と伝えつつ、被災地のものを買ってもらいたい」、「Hi-Y部に入りたくても入れなかった子たちは結構いるから、きっと話せば協力してくれると思う!」などと積極的に取り組もうとする生徒たちの姿は本当に心強いですし、感動させられます。「となりびと」にお世話になった生徒たち以外にも、彼女たちがいかに学校内でアピールしていくか、どう思いを繋いでいくかが重要になってくるでしょう。また、彼女たちは高校2年生なので、来年度卒業します。生徒たちをサポートしながら、次の学年にも活動を繋げ、部活として、学校として被災地と関わっていくことが出来たらと思います。
 また今後も多くの人と体験を共有し、授業や礼拝等でも震災について触れ、子どもたちに伝えていこうと思います。本当にありがとうございました。
 
2年 新井 いつき
 4日間本当にありがとうございました。私は石巻で何に混乱していうかも、泣いているかもわからない初めて味わった気持ちと出会いました。
 お茶っ子サロンでおばあちゃんの話を聞いていて、大変だったんだろうと思うことしか出来ない自分が何か嫌いです。被災地と私たちは味わった辛さも悲しさも比べ物にならないけれど、おばあちゃんにかける言葉選んでいたときとき、被災地と私たちは別の国の人のように感じて寂しく、悲しかったです。石巻に来なければ、この気持ちにも出会わなかったし、津波のことも全然想像することができなかったと思います。
 自分はここで何をしに来て、なにができるのだろうと考えたとき、正直なにも出来ないと思います。自分の気持ち、感じていることはまだよくわからないけれど、今学生の私が出来ることは、東北大地震、津波があった。ということを覚えているだけでなく、今混乱しているこの気持ちを友達や後輩に味わってもらえるように、この気持ちを伝えることが学生の私だからこそ出来ることだと思います。本当にありがとうございました。
 
2年 井口 優
 今回、『となりびと』のボランティアに参加させてもらい、準備段階の時は正直な話、少しは好奇心でボランティアに行くことが楽しみでした。
 実際行って、仮設住宅で出し物をする時も、何をするのにもスタッフの方々が、親切に色々と助けてくれて、凄く迷惑かけたと思います。
 被災された方のお話を聞き、命の大切さを改めて感じ、そして何より、何も出来ていない自分に苛立ちを感じました。最終日に見た今の被災現状は、自分がイメージしていたのとは違い、頭の中が真っ白になってしまい、何と言っていいか分からない状態になってしまいました。好奇心で浮かれていた自分が、本当に馬鹿らしく感じました。「ボランティア」って何なんだろう、何が自分たちにこれからも出来るんだろう。と考えさせられるものでした。

 
2年 江口 夏子

 今回となりびとさんにお世話になって、お茶っ子サロンや語り部や被災地をまわらしてもらって、今まで感じたことのない大切な思いを経験させていただくことが出来て本当に感謝しています。
 私はテレビや新聞を通して被災地の現状を見てきましたが、実際に目の当たりにすると、悲しいとか信じられないとか、そういう思いではなく、頭が真っ白になって自分が何を思っているのかわからないというか、言葉が出ないというのはこういうことなんだと思いました。
 被災地訪問では、電信柱が斜めのままだったり、地盤沈下していたり、がれきの山がたくさんあったりして、震災の恐ろしさが伝わってくるような跡がまだ残っていることにショックを受けたというか、被災者の方の気持ちを考えると出来る限り早く片付けた方がいい、片付けなければならないのではないか、と私は思いました。でもそう思うだけで、自分自身何が出来るかわからず、情けなくなりました。
 大川小学校では、本当にここで子ども達がたくさん亡くなったんだと思うと心苦しくなりました。教室の天井がなくなっていたり、水道の蛇口やホースの一部が落ちていたりしていて私には見ているのが精一杯でした。津波が到達した高さは本当に高くて、想像がつきませんでした。ひまわりがたくさん植えてあるのをみると、まだ被災者の心はあの日のまま止まっているのかなと思いました。
 でもお茶っ子サロンでのおじいちゃんやおばあちゃんの笑顔を思い出すと、ほんの少しかもしれないけれど、心が温かくなるような時間が持てたのではないかと思いました。
 この体験を通してもっと多くの人に被災地や被災者の現状をしっかり心に留めてほしいと思いました。だから私は今自分にできると思うこと、現状を見て感じたことを友達や家族に話すことから始めようと思いました。そしてみんなにも私が感じたことを少しでも感じてもらえたらと思いました。私は今回感じたことを一生忘れません。
 4日間となりびとさんにお世話になって、その場の状況に素早く対応できる判断力の優れる人間になりたいという目標を持つことができました。そしてこれからは私たちのような世代が大切になってくるとSさんから学んだので、少しずつでも感じたことを整理して、私たちに何が出来るか考えようと思いました。
 この体験ができたこと、本当に感謝しています。そして同時に、元々自分は何を思ってこのボランティアに参加したのか自分を見つめ直すキッカケが持てたこと、感謝しています。もっと感じたことはあったけれど、上手く言葉にできなくて、申し訳ないのですが、私たち高校生を受け入れてくださり本当にありがとうございました。
 
2年 小野 愛美 
 8710日の4日間宮城県にあるルーテル教会救援にお世話になり被災地を見て回ったり被災者の方からお話を聞いたりしました。
 まずお茶っ子サロンでの発表では讃美歌を歌い押し花を作り被災者の方からお話を聞きました。讃美歌「きみは愛されるため生まれた」を歌っている時におばあちゃん達が「いい歌だねえ」と言っているのを聞きこの曲を皆で選んで良かったなと思いました。
皆で気持ちを込めて歌い歌詞の言葉が伝わったのかと思うととても嬉しいです。
 おばあちゃんとお茶やお菓子を食べながら話を聞く時間では津波が来た時の話を聞きました。
 「昔は働いた分だけ給料がもらえたから一生懸命働いて、お金を貯めてやっと建てた家が津波で流された」という話を聞き、何も言えませんでした。
 チラシ、キーホルダー配りでは仮設住宅を回りました。何ヵ所かに仮設住宅がかたまって建っていて友達と「結構多いんだね」と話していたんですが、被災された方達の人数を考えるとまだまだ足りないんだよなあと少し驚きました。仮設住宅は一見しっかりしているように見えましたが、よく見ると雨を避けるための壁に耐水性のものがはりつけてあって簡易な作りで住みやすそうには見えませんでした。仮設住宅の中は話で聞いていた通り狭く窮屈で、家にずっといるのは退屈ではないかと感じました。この狭い空間に一人でいると気分が落ち込んで不安に飲み込まれそうで仮設住宅に住んでいる人は大丈夫なのかと心配に思いました。
 次の日は被災者の方からお話を聞きました。まず被災地の写真を見せてもらいましたがあまりの光景に現実味を感じませんでした。お話では津波が来た日の体験や意見を聞かせてもらい、被災者の方の津波での思いを感じました。体験談はその日のことを細かく話してもらい、本当にこんなことが起きたんだとやっと現実味を感じることが出来ました。被災者の方のお話は気付かなかったことに気付かせてもらえたり、その方の考えを聞くことが出来てとても参考になりました。
 車で被災地を回ったときはその威力の大きさを感じ唖然としました。家の中に入らなくても家の中が見えるほどに崩れてしまった家や、原型を留めておらず元が何だったのか分からないゴミの山は海から離れていて津波が来なかった埼玉では見ることの出来ない光景で、恐怖を感じました。
 大川小学校を見に行ったときは大きなショックを受けました。教室の中には黒板と机が一つくらいしかなく壁からは中の鉄が見えてしまっていてガラスは全くなく中が丸見えになっていて、津波の痕が生々しく残っていました。教室の近くにはマーカーやバトンが落ちていてここに子供達がいたということを伝えていました。たくさんの子供達が笑顔で走り回ったり、ドッチボールをしている姿を想像し、すごく胸が苦しくなりました。
 今までの私はテレビで地震や津波の被害や映像を見てもただ大変だったんだなあとしか感じておらず、他人事の様に思っている自分がいました。しかし、今回宮城に来ることが出来て被災地や被災者の方の思いに触れてとても感じるものがありました。言葉では上手く表現出来ませんがそれをもっとたくさんの人に伝えていけたらいいなと思っています。そしてこの気持ちを自分自身大切にしていきたいです。
2年 村田 羅紗
  聖望学園2年村田羅紗です。まず34日本当にお世話になりました。
 お茶っこサロンで私達が出し物の時間を頂けると聞いた時は嬉しさと同時に、なにを今私達がすべきなのだろうかと凄く悩みました。悩み過ぎて全て私達のエゴなのではないかとまで考えていました。でも、実際現地に行かせてもらって発表した時、素直に喜んで、楽しんで参加して下さったおじいちゃん、おばあちゃんを見て、私達のエゴとか考えた自分を馬鹿馬鹿しく思えました。 私は自分達で一から準備して話し合って良かったなと思いました。 
 また、被災地をまわらせてもらった時、私は現実だと受け止めきれずその場にいたのに一人蚊帳の外みたいな感情でした。
 夜の分かち合いの時間他の友達が泣いているのに、まだ受け止めきれなくて泣く感情よりはただただ唖然としていました。
 けれど今少しずつ受け止められるようになりこれからどうして行くべきかを考えられるようになりました。やっぱり一番はこの震災のことを風化させないことなのかなと思います。この先震災を知らない子供達が増える中でなかなか進まないがれきの撤去などの復興。多分私達はそんな中で、もどかしい気持ちになると思います。けれどこんな私達だからこそ被災地の状況を伝えて行きたいと思います。
 また来年もお手伝いが出来たらいいなと思います。今回参加させてもらって考えることや悩みが増えました。けれど全部私にとって、被災地にとって、日本の未来にとって必要な悩みだったと思います。
 野口先生はじめ、私達のサポートをしてくださった全ての人に感謝です。ありがとうございました。
 
 2年 吉本 未来
 宮城県へ行って、仮設住宅で暮らしている方々とお話をしたり、語り部の方のお話を聞いたり、被災地訪問をすることができて本当に良かったです。とても貴重なことでした。仮設住宅のおじいちゃんおばあちゃんは優しく歓迎してくれて、一緒に歌を歌ってくれて、私はとても嬉しかったです。少しでも今日おちゃっこサロンに来て良かったって思ってくれていたらいいな、と思っていました。おじいちゃんおばあちゃんが自ら震災について話してくれたことは嬉しかったです。貴重なお話でした。被災地訪問では、がれきの山の多さにびっくりしました。まだ復興には時間がかかると実感しました。大川小学校の話を聞いてすごく悲しかった。実際に大川小学校に行ってみて津波のすさまじさにまたびっくりしたし怖いと思った。すぐ後ろに山があって、やっぱり後ろの山に逃げていれば多くの命が助かることが出来ただろうな、とか考えてしまった。語り部の方がおっしゃったとおり、判断力がとても大切で重要だと思いました。
 今回、宮城県に行くことができてこんな経験ができて、自分は良かったなと思います。となりびとの方々にも感謝しています。今回の経験を忘れないで次につなげたいです。自分の出来ることからしていきたいと思います。
                  
【現場(遠隔地)での活動&問題分析と
解決アプローチ設定の難しさ】
 
英語科教員 竹村 英明
 被災地への支援はどこから行うかという観点から現場と遠隔地の2つに分けることができる。私を含め被災地から距離がある場所に住む人にとって、被災地支援の活動となると、その選択肢は多くない。例を挙げれば、募金をしたり、ご当地の物産を購入したり、東北旅行をしたりするなど、今や被災地支援分野のビジネスも盛んだ。これらは物資やサービスやお金の流れを変える活動である。目的は様々であるが現地の失業率の回復や、住宅の復旧etc.、達成目標も明確で、金額を尺度として数値化しやすく客観的に活動を進めやすい。
 しかし、支援の際にもう一つ重要なのは、数値化しにくい、客観的に見えにくい部分にもあるはずだ。現地でしかできないことにも焦点をあててみると、被災者の心のケアが挙げられるのではないだろうか。これは目標を設定しにくく、手段も立てにくいのではないか、と個人的に感じている。今回、私たちは、普段あまり接することのない現場での支援活動を見学させていただいた。被災者の方々が住む仮設住宅で家や畑、家族が流されてしまったなどいろいろなお話を聴いた。被災者の方たちは、直接、口にはしないが、何かを必要としているかもしれない、憶測となってしまうが、物資やサービスだけでなく、周りの人を失った喪失感を埋めるものが必要ではないのか、と思う。口には出しにくい、または言葉になおせない思いは頻繁に被災者の方たちに接する中で、少しずつ読み取っていくしかないのだろう。だからこそ「となりびと」のような団体が、現場での声を聴き、分析し、活動内容を生み出すことが重要だろう、と改めて感じた。
 今回私たちは、数日のみの短期間しかお手伝いできなかったが、今後は遠隔地でもできることを探っていきたい。幸いなことに職場は学校、仕事は教師であり、今回、観聴きした事を少しでも多くの生徒に伝えたいと思う。また、Hi-Y部の生徒たち自身が考え、被災地の物産を文化祭で販売することも決定したので、部活動としての今後の活動をサポートしていきたい。
 【自分のボランティア活動のあり方】
 人は便利な生き物で楽しいことも辛いことも、そうした記憶や感情は時間とともに薄れる。私も支援活動をして中で、モチベーションが下がる時がある、日々の忙しさを理由に手を抜きたくなることがある。ただ、活動や目的を同じにする人たちが周りにいるともう少し頑張ってみようという気になる、一人ではあきらめてしまいそうなことも、「となりびと」や「Hi-Y」部のような人たちが周りにいると続けられそうな気がする。そう改めて実感した。
 
 
 

【ボランティア体験】ルーテル学院大学の皆さんから感想文が届きました。20120919

8月に「となりびと」でボランティア体験をされたルーテル学院大学の学生の方々から感想文が届きました。(野口)


「被災地の目に見える問題と目に見えない問題」 臨床心理学科2年 江口 慧

  被災地に行き、自分にはいったい何が出来るかどう人と接すればいいか不安がありました。現地には目に見える問題と、目に見えない問題が混在していました。
 当日は、大森仮設住宅のお祭りの手伝いをやらせて頂きました。そこで、気づいたことは家を失うということは、繋がりが無くなるということです。つまり、目に見える問題として、心の支えがなくなるということです。今まで自分を支えてくれるものがあったから、頑張れたのに持ち物にも、愛着があったものが震災で消えて、安心できるものがない中、今も生活を送っている事実に出会いました。そういう中、お祭りは人との繋がりを作るものであり、公園が少なくなった中子どもにとって、笑顔になれるものだったと思います。
 目に見えない問題としては、親戚の方が虐待を行うケースの方が、他人が子どもを預かるケースより、多いと聞きました。「きっと、どうしてこんなにやっているのに、この子は言うことを聞かないの」と震災後自分をどう受け入れれば、自分を保てるか、さ迷う子どもの行動を、自分の子ではないからこそ、言うことを聞かない、反抗していると親戚の方は、思い込んでしまうのかもしれません。
 震災後の孤児が暮らせる面倒を見てくれる施設が作られているそうです。そこで、働く人が必要になることを教えて頂きました。このことから、人と人が支え合うことは大切ですが、一人の人間が一人の人間を支えるということは、負担になっているのかもしれません。誰か身近に専門家が子どもの話を聞くだけでなく、親の話、子どもを預かっている親戚の方の話や、相談に乗ってくれる機関が必要だと感じました。私たちの身近な問題でも、子どもを育てられない親は存在するので、その問題にも同じようなことが言えます。私は、将来身近な相談役として、カウンセラーを目指したいと思いました。
 最後に、ルーテルの学生は恵まれているなと思いました。このような貴重な体験をさせて頂き、ボランティアの機会を作って頂いた皆様に、心から感謝いたします。45日本当にありがとうございました。
 
「今を大切に生きる」 社会福祉学科2年 相馬冬佳

  震災から一年半が経とうとしています。私は、今回初めてボランティアに参加させていただきました。私一人の力では何も変わらないけれど、少しでも役に立てたらという思いで仙台に向かいました。
  ボランティアでは、大森仮設での夏祭りに参加させて頂き、お祭りの準備から当日のお手伝い、後片付けまで最初から最後までお手伝いさせて頂きました。暑い中みんなで協
力して頑張れたと思います。大森仮設に住んでいる方たちは、住み始めてまだ一年も経っていないとスタッフさんからお聞きし、このお祭りで住民の方々の新しい出会いの場となり、子どもたちにとっては夏の良い思い出となって欲しいという思いを胸に当日を迎えました。
  仮設に住む人たち全員が来てくれた訳ではありませんが、ご高齢の方から小さい子まで幅広い層の年代の方が足を運んで下さり、皆さんにとって良い時間だったと感じてくれたら嬉しく思います。
  お祭りの前日には、被災された大川小学校、女川町、門脇小学校を見させてもらいました。同じ日本で遠く離れた場所でこんなにも大きな災害が起きたこと、そしてここで多くの命が奪われたこと、津波の怖さを痛感させられた時間でした。
  短い間でしたが、いろんなことを感じた期間であり、今を大切に生きていこうと改めて実感させられました。まだまだ復興には多くの人達の協力が必要です。また時間を作ってボランティアに参加できたらと思っています。現地のスタッフさん、先生方、一緒にボランティアに参加した同期や後輩たちと一緒に過ごせたこの時間に感謝します。ありがとうございました。 

「三回目のボランティア参加で学んだこと」  キリスト教学科2年 三宅 光 

                
  私は今回で三回目のボランティアになりました。今回は、仮設住宅のお祭りの出店および手伝いをしました。
  私が前に参加したボランティアでは、仮設住宅に行く機会がなく今回が初めてとなりました。教会から仮設住宅までの道のりは遠く、またお祭りの準備が早く朝の5時に起きる必要があり毎日眠い中で出発しました。お祭りでは芋もちというジャガイモの食べ物と子供たちとシャボン玉で遊ぶ出し物をしました。私はシャボン玉を担当しましたが、当日は日差しがとても強くまた手を洗う水を頻繁に運ぶ必要がありとても疲れました。それでも最後までやり遂げることができました。子どもたちも喜んでいてよかったです。
  またお祭りの準備の合間に被災地を見学しました、他の人は震災の恐ろしさを感じていたのに対し、私の場合前に来た時よりも整理されて、工場が復旧していて少しずつ立ち直ってきていると思いました。
  今回で三回目となりましたがまだまだ私がやれることも学ぶこともあることが今回のボランティアで学ぶことができました。また今度機会があれば再びボランティアに参加したいと思います。

 「ボランティアに参加して」 社会福祉学科1年 佐藤 瑛

 今回の活動内容としては、主に大森仮設住宅で行われる夏祭りの開催・出店に伴う準備と当日のお手伝いや花壇の草取り、そして被災地訪問でした。
 私にとって、今回が初めての被災地でのボランティアであり、訪問でした。私は、仙台全体が被災して、まだ復興していないものと勝手に勘違いしてしまっていたので、初めて仙台駅に到着した時は、予想外で驚いたのを覚えています。そして、二日目に石巻にある花壇の草取りをしに行った時に見た光景が日本の今、普段、皆が生活するはずの町を見ているというより、まるで古代ギリシャの建造物を見ている時と同じような類いの印象が強かったです。
 三日目にも大川小学校などの被害が大きい所を回りましたが、可哀想とか同情的な感情や親近感、津波と地震に対する恐怖感など、それこそ色々な感情を感じましたが、正直いってほとんど無だったと思います。なぜか、考える気力が湧いてこなかったし、考えたくなかったのです。それにまず驚きました。
 お祭りの前日・当日の2日間、大森仮設住宅の住民の方々と震災の話から世間話まで様々な話をしました。新しく出逢い、接し、普段できないとても貴重な体験を経験させていただきました。勿論、シャボン玉やカフェ、いももちの出店に伴う体験もその一つです。今回、周りとの交流をつくる機会とする夏祭りの第一回目に参加させていただけたことにとても感謝しています。
 そして、次回は今回の取り組みが活かされ、より多くの方々に参加していただいて広い交流をもてればいいなと思っています。それには、私自身も出来る限りの協力をさせていただきたいと考えています。
 今回、ボランティア活動をするに伴い受け入れてくださった、となりびとの皆さまや大森仮設住宅の方々、ルーテル学院大学の先生方、本当にありがとうございました。

 「教科書より大切なこと」 社会福祉学科2年 河井 知 

 822日~826日に行き、日本福音ルーテル仙台教会、ルーテル支援センターとなり人に泊まりボランティア活動を3日間しました。短期間でボランティアをするにあたって何か大きなことをできるわけではありませんが、小さなことや地道なことでもやるかやらないかでは大きく違うと思いますし、それには大きな意味があると思っています。
 ボランティアを通して人とのコミュニケーションをする中で人と接することは大切でかけがえのないのもだとあらためて感じました。塾、学校で教科書に書いてないことを沢山学び知識を深めることができ、それはそこに行かなければ知ることのなかったとても貴重なことですし、これからもその知識は今後の糧になると感じています。
 また将来自分がどういうことをやりたいのか考える視野が広がりました。仙台の石巻等に行ってよい経験ができたその反面、津波の被害の光景を見たり津波のあった話を聞いたりして心にやり残せない感情、もやもやした気持ちが残ったのも事実です。

 「ボランティアでの経験」 臨床心理学科1年  野元  宏昭 

 私は東日本大震災での慰霊碑に向かった時、なにを祈ればいいか分かりませんでした。

「どうか安らかに」、「清らかに」、「来世では‥」、出てくる言葉はどれも嘘の様に感じました。
 私はあの3.11の津波や地震の恐怖は分かりません。口では少しは分かると言えても、その実、何一つ分かることが出来ません。震災時、私は東京に居たのですから、私が「分かる」とは言えない気がしていました。ボランティア中、私は慰霊碑に向かって何を思えば良かったのかずっと考えていました。けれど、言葉は出ず、何も持って無い自分が浮き彫りになりました。
 4日目の活動でお祭りの運営のお手伝いをした時、私は子供たちと遊ぶシャボン玉店を担当しました。お祭り中、子供たちもすごく楽しんでくれているみたいで、へとへとになりながらも気力を振り絞って接しました。
 無事にシャボン玉店も終わり、屋外の水道で用具を洗っていると、仮設住宅に戻る親子が近くを通りました。母親とまだ小さな兄弟でした。兄弟は洗い物をしている私に気づいて、「シャボン玉楽しかった!」と大声で言ってくれました。家に入るまで、その兄弟は口々にその言葉を言ってくれ、私に手を振ってくれました。
 その時私は、心の中でストンと何かが落ちました。言葉では上手く書けません。慰霊碑に何を祈ればいいか分からない私でも、とりあえずは今していることは間違ってないんだ、と思えました。その時はたまたま私一人だったので危うく泣きそうになりました。
 3.11に、私は何か力になれることはないかと思いました。私の周りの友達も同じ気持ちでした。でもその時は、まだ私たちは高校生でした。しかし、今は違います。やれることがあります。あの時感じた気持ちをなかったことにしないで、ボランティアに参加してもらえたらこんなに嬉しいことはないです。